此花区の新築一戸建てKONOHANA

此花区の新築一戸建て

此花区にこだわりの新築一戸建てを

朝日 /梅町 /春日出 /桜島 /四貫島 /島屋 /高見 /常吉 /伝法 /酉島 /西九条 /梅香 /北港
大阪市此花区ってこんな街

大規模テーマパークを有し、交通の利便性に富んだ大阪市此花区
大阪市此花区と言えば、日本のみならず世界から観光客が訪れるユニバーサルスタジオジャパンがあるエリアです。ユニバーサルスタジオジャパンの最寄り駅であるユニバーサルシティ駅周辺にもマンションや賃貸が多数あり、テーマパークと住宅街が共存しています。区内にはJR線、阪神線が乗り入れている他、幹線道路や高速道路も走っていて大阪市の中心エリアや湾岸エリアにも気軽に行くことができます。湾岸沿いの埋め立て地・舞洲と夢洲があります。舞洲はスポーツ施設やキャンプ場があり、身近にアウトドアができるスポットで、夢洲は今後開発が期待されるエリアとして注目されています。

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此花区 新築一戸建てだからこそ、こだわりのデザイン

此花区という場所で、家族とともに最高の家をつくる。

かつては淀川河口のデルタ地帯で多くの中洲があり、中でも伝法が漁村として栄え、仏教渡来の地とされる伝法山西念寺が大伽藍を誇っていた(廃仏毀釈で縮小した)。江戸時代には新田開発が進み、開発者の名前などにちなんだ地名が多い。
伝法口と呼ばれた伝法川の河口には大きな澪標(みおつくし)が立てられ、大坂市街へ遡上できない大型船から小舟に積み替える地であった。伝法村は廻船業を営む者が多く、樽廻船の発祥地でもある。しかし、1683年(天和3年)に安治川が開削されると伝法の港湾としての地位は低下した。一方、安治川沿いは繁栄し、西九条のうち春日出橋以東の安治川沿いは大坂市街に含まれるようになった。
1897年(明治30年)に西成郡川北村大字西九条、西野新田、四貫島、六軒家新田、春日出新田、恩貴島新田、南新田、島屋新田、築地(現在の桜島)、常吉新田、本酉島新田と秀野新田の伝法川以南が大阪市西区へ編入された。
1898年(明治31年)から1910年(明治43年)にかけて新淀川が開削され多くの土地が失われた。一方、明治中期より工場が相次いで建設され、大正期に入ると現在の住友グループを中心に大規模な開発が行われた。1922年(大正11年)には東洋一と呼ばれた春日出発電所も建設され、阪神工業地帯の中心的地位を担うようになった。
1925年(大正14年)に上記の地区と北区の安治川北通、旧野田村、下福島村、上福島村を区域として此花区が新設された。なお、区名は同じく新設の浪速区とともに難波津の歌から採用されている。同時に西成郡伝法町と稗島町は大阪市西淀川区へ編入された。
1927年(昭和2年)には北港の埋立造成が始まり、住友電工、住友金属、住友化学、日立造船、大阪ガス、汽車製造の「西六社」と呼ばれる大規模工場群が完成した。
1943年(昭和18年)に嬉ヶ崎町(現在の朝日の東部)を除く旧野田村、下福島村、上福島村を新設の福島区へ分離。同時に西淀川区から旧伝法町の全域と稗島町の淀川以南(現在の高見)を此花区へ編入した。
第二次世界大戦では重工業地帯であることが災いして米軍から集中的な爆撃を受け壊滅的な被害が出た。高度成長期は激しい公害に見舞われながらも活気があったが、1980年代以降は産業構造の転換により重工業は振るわなくなり、工場の地方・海外移転などが進み、貨物駅や工場が廃止されて空き地が増えた。これに対し、一方ではハイテク製品生産への転換、2001年(平成13年)開業のテーマパーク、ユニバーサル・スタジオ・ジャパン (USJ)に代表されるアミューズメントエリア・ソフト産業地区への転換が模索されている。

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