福島区の新築一戸建てFUKUSHIMA

福島区の新築一戸建て

福島区にこだわりの新築一戸建てを

福島/玉川/野田/吉野/大開/鷺洲/海老江
大阪市福島区ってこんな街

複数路線が乗り入れ、繁華街にもすぐ行ける注目スポット
大阪市福島区の魅力はまず多数の路線が乗り入れることです。阪神本線、JR線が2路線、大阪市営地下鉄が市内を走りそれぞれの駅の連絡が良いことも魅力です。鉄道を利用すればキタエリアだけでなく、ミナミ、神戸方面へも乗り換えなしで行くことができます。もう一つは大阪の繁華街のキタエリアまで1、2駅であることです。鉄道を利用しなくても自転車で運動がてら行くこともできます。なんでもそろう繁華街に近いというのは生活するうえで便利です。また福島駅界隈にバルやレストランなどバラエティに富んだグルメスポットも充実しているのが特徴です。

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福島区 新築一戸建てだからこそ、こだわりのデザイン

福島区という場所で、家族とともに最高の家をつくる。

淀川(現在の旧淀川)の河口に位置する福島区一帯は、河川土砂の堆積した三角州であった。縦横に分流した川に囲まれた葦が生い茂った島々は、難波八十島と呼ばれ現在でも福島・堂島・都島・難波島などという地名にその名残をとどめている。また、古くより福島の地は瀬戸内海へ向かう船の出発地として使われてきた。
江戸時代には西成郡の大川と中津川に囲まれた地域を「南中島」といい、現在の北区と福島区の大部分はこの地域に属していた。行政区として上福島村・下福島村・野田村・浦江村・海老江村が置かれ、1620年以降幕末まで江戸幕府の直轄地となった。
元和期以降、大坂市中の河川開削や市域整備が行われ、堂島川、土佐堀川、江戸堀川沿いには各藩の蔵屋敷が次々に置かれた。現在の福島1丁目・2丁目には松山藩[要曖昧さ回避]・福山藩・人吉藩・臼杵藩・長岡藩・広島藩・名古屋藩・秋田藩・久留米藩・延岡藩・中津藩・富山藩・壬生藩などの蔵屋敷が置かれていた。
大坂の港は菱垣廻船・樽廻船・北国廻船の基点となり大いに繁栄した。これら大型商船は大坂市中の堀川・河川には乗り入れることが出来なかったため、河口付近に停泊させ、上荷船・茶船といった川船に荷物を積み替えて輸送していた。福島区もこれらの川船業で栄えていた。
明治時代の1882年、江戸時代に行われた堀江新地開発による代替地であった安井九兵衛請所に安井村が成立した。1889年には攝津製油が野田村で創業し、1894年には大日本紡績、1895年には住友伸鋼所、1897年には大日本製薬、1901年には大日本アルミニウム製造所、1909年には島田硝子製作所が操業を開始した。1919年には現在の玉川1丁目に大阪工業試験所が開設され、工業化が急速に進んだ。
1918年には、大開2丁目でパナソニック(旧・松下電気器具製作所)が創立。当時、松下幸之助は23歳。妻むめのと後の三洋電機創業者である義弟井植歳男の3人での操業開始であったが、一般家庭への電化製品の普及と共に、急速に業容を拡大し、1922年には同町内に100坪余りの新工場(第一次本店・工場)を竣工、その後1925年に大開3丁目にランプ工場を建設、1929年にも第二次本店・工場を竣工した。(同跡地は後に大開公園として整備され、松下幸之助創業の記念碑が2004年に建立された。)
第二次世界大戦のアメリカ軍による空襲で、福島区内の工場等も大きな被害を受け、昭和40年代以降の公害問題や、経済成長による工場用地拡張需要もあり、区内の大規模工場は次々と移転していった。
近年、福島区は大阪都心部に隣接した住居地域として、大規模団地・超高層マンションが次々と建設されている。そのため、高度成長期以来減少してきた人口が、近年急速に増えている。しかし、2008年に入り、住宅需要の低迷により区内で計画されていたマンション建設計画も着工延期されているものもある。

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